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コラム

ナポレオンの数学好き

2006年3月29日

慶應義塾大学 教授 河添 健

2004年12月の岩井先生のコラム1週間は10日でフランス革命と度量衡の統一について述べられています。その革命の主役、皇帝ナポレオン(1769−1821)の数学好きは有名です。

コルシカ島から本土に渡りビエンヌの陸軍幼年学校に入学。代数、三角法、幾何などを勉強します。卒業後にラプラスにその数学の才能を認められ、パリの陸軍士官学校に入学、当時人気のあった騎兵科や歩兵科よりも数学が勉強できる砲兵科へと進みます。そしてあっという間に数学の教程をこなしてしまいます。Institute de France の数学部門のメンバーにもなります。ただし他の教科は苦手だったようで卒業順位は下から数えた方が早かったとのこと。16歳で砲兵少尉となり、あとは皇帝へと登りつめていきます。数学者のラプラス、モンジュ、フーリエとも親交を深め、皆さんご存知のエジプト遠征 (1798年)にはモンジュやフーリエを同行させます。

ナポレオンの数学好きを示す事実として「ナポレオンの定理」(三角形の各辺にその辺を一辺とする正三角形を外接させる。このとき外接した三つの正三角形の重心を結ぶとまた正三角形になる)があります。この定理を本当にナポレオンが最初に発見したかは諸説ありますが、数学好きであったからこそ、こうして名前が残るのでしょう。

「皇帝が数学好き!」

フランス革命およびその後のフランスに与えた影響は計り知れないものがあります。

参考文献

  • 『三田評論』(2003年4月号)Researcher's Eye「ナポレオンの定理」

今回はもう一つの「ナポレオンの計算」を紹介しましょう。

エジプト遠征での出来事です。クフ王のピラミッドの前でナポレオンが「諸君!4000年の歴史が君たちを見下ろしている」と感動をあらわにしたのは有名な話ですが、そのとき次のようなことも言ったとか・・・「このピラミッドの石を使えばフランス全土を“dix pied”の高さの城壁で囲むことができる」ここでdix pied は10 feet ≒ 3 mです。 城壁の厚さは?当時の標準では30 cm だそうです。本当に城壁ができるのでしょうか?計算してみましょう。

クフ王のピラミッドは底面が一辺230mの正方形、高さが146mの四角錘です。したがってピラミッドの体積は

底面積×高さ÷3 = 230×230×146÷3 ≒ 2570000 m3

城壁の切り口の面積は3×0.3 = 0.9 m2ですから、作ることのできる城壁の長さは

2570000 ÷ 0.9 ≒ 2860000 m ・・・  A

となります。ここでフランスの国土を1辺約743000 mの正方形と考え、その周は

734000 × 4 =  2936000 m ・・・・  B

と計算します。AとBを比較して冒頭の発言になります。

いろいろとおかしいですよね。フランスは正方形? 本当に厚さは 30 cm? 他にも高さは1mあるいは隣接する三つのピラミッドをすべて数えるなど諸説があります。また計算主もナポレオンではなく、フーリエあるいは他の技師がしたとの説もあります。したがって「ナポレンの計算」の信憑性には大きな疑問符がつきます。でもフーリエや技師がフランスを正方形だとは思わないですよね。いい加減なところがナポレオンと言えばそれらしい気もしますね。もっとも同伴した技師たちもスエズ運河の提案に対して水位の差を計算間違いし、「紅海の海水が地中海に流れ込んで洪水になるから不可能」としてしまいました。正しく計算していればスエズ運河もナポレオンの業績になったのですが・・・