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コラム

理数教育の充実

2006年2月9日

東京理科大学 教授 澤田 利夫

2005年10月の中教審答申のなかに「国語力はすべての教科の基本となるものであり、その充実を図ることが重要である。また、科学技術の土台である」として、「国語力の育成」と「理数教育の充実」が明記された。これは、歓迎すべきことである。

大学生の現状を見ると、基本的な漢字の読み書きができない、計算力や論理的な思考力を持ち合わせていない者が非常に多い。思考拒否、指示町人間が増えている。これは、高等学校までの教育で、時間をかけて、ゆっくりと、納得のいくまで勉強する習慣や体験を持たずに過ごしてきたためと思う。

学力低下に関しては、大学生も含めて、深刻な状態になっている。私立高校数学科の教員に対する全国調査では、学力の低下はとくに下位層の子どもとの格差が広がっているという。ここ10年間で社会階層にも似た「勝ち組」「負け組」の様相が生徒間に植えつけられてきた。

ゆとり教育の仕上げとして、現行カリキュラムは、内容削減により理科や数学のが学力ばかりでなく、興味・関心までも子どもから削いでしまった。

以下に、算数・数学科の内容を中心に改善すべき問題点をあげる。


(1)小学校の算数では、「数の計算(四則演算)」の履修が大切な目標である。計算のアルゴリズムは後の学習にたいへん役立つので、3桁の整数・小数計算、帯分数の計算の習熟は必須である。電卓があれば筆算が必要ないとする意見は、アルゴリズムの重要性を理解しない暴論である。しかし、電卓等の教具は計算補助、概数をもとめるときの用具として、小学校高学年から積極的に活用することを勧めたい。

(2)小学校低学年では学習を習熟させることに主眼を置いた内容配列をし、高学年では内容の習得に重きを置き、現行のいわゆる発展的な学習を取り入れ、全員に履修させることを原則にする。そのため、高学年の算数や理科は指導に専門性を必要とするため、選任教員を配置すべきである。また、各地で行っている小学校の習熟度別学習指導は子どもの学力の二極化を促進するもので、その意味から賛成できない。

(3)小学校高学年と中学校の算数・数学の内容に一貫性をもたせる。図形領域には測定と性質を直接体験できるような内容配列を行い、関数概念を高めるために関数領域を新設し、グラフ、表、式の関係を一体的に捉える。それは、理科や社会科の学習とも関連づけられることになる。

(4)中学校では、統計の内容(資料の整理、代表値、相関表の見方等)を早期(第1、第2学年)に導入し、コンピュータや電卓を駆使して、統計的な見方や考え方を養う。また、論理的思考の大切さを習得するために、図形の論証に時間をかけて学習する機会を設ける。同時に、国語科のなかにも論理的な文章の解釈等を導入して、子どもの論理的思考力の向上を図る。

(5)高等学校1年の数学は、国民必修の数学地う立場で内容を再編する。中学校の数学と関連を密にし、高校数学Iは必修4〜5単位とし、全員に微分や籍bんの考え方、統計的な見方、考え方を身につけさせるようにする。

(6)授業時間数については、国際比較調査の結果を見ても、先進諸国の算数・巣額、国語の基礎教科や理科、社会科等の応用教科にかける時間数が少ない。このままでは、科学創造立国を標榜している教育行政としても過大が残る。せめて80年代の「ゆとりと充実」時代のカリキュラムに戻してはどうか。また、学校週五日制を考慮して1単位時間は小学校40分、中学・高校45分として各教科の単位数を整数値で確保するようにしたい。そのうえで小学校算数科は毎日1時間、中学校数学科は週4単位時間の履修とする。

(7)最後に、現在の学習指導要領の内容項目は最低基準を示すという解釈には、大いに疑問がある。それは、昭和33年度版の学習指導要領の総則の「年間の総授業時間数は最低基準とする」を根拠にしているが、内容に関係するものでなく、その後の改定では総時間数を標準と定めている。国家の制定する学習内容は、あくまでも「標準」であって、「最低」とする考えはなじまない。学校や教師の自由度を大きく制限するものであるし、指導と評価という観点から見ても矛盾が多い。早急に、この考え方を改める必要がある。